「今現実に起きていること。」

<非掲載 2009.5.24>

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

著者の湯浅さんは、最近よくテレビで見かけますが、なんだかぼこぼに叩かれているイメージが強いように感じるのは私だけでしょうか。
自分の意思で派遣を選んでおきながら、切られて生活ができなくなったら文句ばっかり言っている怠惰な連中を擁護しているとんでもないやつだとして、扇動家か左翼の活動家のような扱いのように見えます。
何がそんなに琴線に触れるのか、誰の不評を買っているのか、そこから今の社会の仕組みが見えてくるような気がします。

貧困の問題は、2000年くらいから急速に顕在化してきたように思われます。
最近は、ワーキングプアとかネットカフェ難民とか派遣切り、果ては貧乏芸人など、様々な形で貧困が取り上げられ注目されていますが、多くがその実体を正確に理解しているとはいえないと思われます。かくいう私もテレビの特番などで、多少その苦しい状況を垣間見るだけですが、それでも不安は募ります。
実際、日本のセーフティーネットは十分に機能しているとは言い難く、病気や失職など、一度何らかの理由で足を踏み外せば、一気に坂道を転げ落ちるように生活苦へと転落してしまうほど脆い社会になっているのは間違いなさそうです。
著者の言う”すべり台社会”というやつです。

ただし、とりあえず普通に暮らしていれば、そのことが実感として感じられないため、不安には感じていても、正直どの程度の問題なのかが正確にはわかりません。
マスコミの情報も断片的であり、苦境に陥っている人たちが一体どのような背景でそのような状態に陥っているのかが、いまひとつ明確でないことが多いです。
ただ言えるのは、この本で紹介されている事例でも、私がテレビで見たいくつかの事例でも、苦しい境遇にある人たちは驚くほど忍耐強いということです。
著者の言うように、この日本人の生真面目さが益々自分を苦境へと追い込み、果ては餓死したり、自殺したりという結果に繋がっているのは残念なことです。
これがまた、先の湯浅氏を批判するような、過激な自己責任論者たちが追い詰める結果になっているのですが、自殺も自己責任ということで片付けられてしまいます。
日本の自殺率が一向に減らないのは、この辺にも原因があるように思われます。

このような追い詰められる人たちは、一様に社会的資源を持っていないことがその原因に挙げられます。
著者の言う”溜め”ですが、お金や職はもちろん、家族や親類、地域の援助といったような身近な助けとなる存在です。
これは、産業化や都会化といった近代化による影響が大きく、商店街の衰退に象徴される地域社会の衰退は、近年のグローバル化市場原理主義とも無縁ではありません。
ただし重要なのは、著者が言うように格差が問題なのではなく、貧困こそが問題なのであり、憲法25条に定められた基本的人権が守られることが必要だということです。

ではどうすればいいのか。
単に政府がお金をばらまけばいいという問題でないのは確かですが、それ以前に政府の認識は不十分であり、対策も的外れなものとなりがちです。

著者の希望は、このような問題を共有する人たちのネットワークの形成です。
実際に、著者の活動に賛同する人や、同様の活動をしている人たちが徐々に結束を始めている様子が示されており、さらにこの本や最近の派遣村などの活動を通して、若い人たちが自分たちの問題として立ち上がっている様子も聞こえて来ます。
いずれにしても、まずは現状を正確に知るということが第一歩です。
この本は、社会を動かす一つの切っ掛けとして、大きな役割を果たす本だと思います。

******************************

<一言>
せっかく書いたのに、掲載されませんでした。
やはり長かったのでしょうか…
まあ、多数のレビューがあるので、同じようなことを書いたこのレビューが載らなくても、たいした話ではないのですが。
内容もちょっと古びてしまったので、書き直して出しなおしたいと思います。

******************************
<書き直し>

「状況は変わってきました。」

今年もこの時期になってきて、皆の注目がまた派遣村へと向きつつあります。
湯浅さんも肩書きを得て、全力で貧困問題に取組んでおられるようです。

しかし、私が以前この本のレビューを書いた半年前よりも、さらに状況は悪くなっているようです。(そのレビューは掲載されなかったので、今回再チャレンジです。)
私が言わんとしたことは、他の多くの方々同様、行き過ぎた自己責任論が貧困者を
追い詰めており、それに対する政治の対応があまりに鈍いということであり、その考えは今も基本的に変わっていません。

ただ、状況の厳しさに呼応して、湯浅さんの重要度も上がり、その立ち位置も以前にも増して、かなり厳しくなっているのだと思われます。

本人には全くその認識はないでしょうし、私もそうは思いませんが、貧困ビジネス
の成功者というような批判も、甘んじて受けなければならない立場となり、まさに時代の寵児といった様相です。
ここに、貧困者とその支援者という、別の視点の問題設定が可能な気もします。

この本は、まさに時代を切り取ったが故に、その評価も急速に変化するものなのだと思われ、貧困問題に世間の目を向けさせた功績はたいへん大きいですが、現実は既に次の段階へと移りつつあるのだと思われます。

その最初のステップとして、はやり本書の持つ意義は大きく、新たな社会の動きへの契機となる、メルクマールとなる本でもあるのだと思われます。

*****************************

<さらに一言>
前のが掲載されないと、削除もできないので、新しく掲載することができません。
やっかいなことです。