「香山リカの憂鬱。」

いまどきの「常識」 (岩波新書)

いまどきの「常識」 (岩波新書)

香山さんの本はだいぶ前に読んだことがありますが、こんな感じの人だったでしょうか。
最近勝間さんとのバトルでも注目されているようであり、詳しくは知りませんが勝ち組思想の勝間さんに対してもっと平凡な人生でもいいじゃないかという反論のような話だと思います。本書はその論争に繋がるような数年前の新自由主義路線が最も進みつつあった当時の世相を批判的に捉えた、エッセイ集という感じの本のようです。

まえがきにあるように、著者の香山さんはその平和主義的な言論により様々な批判を浴び、毎日多数の批判的な手紙を受け取っており、かなり憔悴されている様子です。
私自身は香山さんの最近の主張をよく知らないので、その批判の妥当性はよくわかりませんが、本書はそのような批判の背景にある社会の不寛容さや閉塞感といったものを取り出し、徹底した現実主義や行き過ぎた自己責任論などが本当に自分たちの幸せにつながるものかという疑問を強く押し出しています。

ここで取り上げる現代日本社会の様々な事象や言説は、テレビや雑誌などのメディアでよく目にするものがほとんどであり、世間的な見方を代表していると言ってもよいのでしょうが、本書のメディアの章で著者が言及しているように、メディアの情報をそのまま鵜呑みにする必要はないのですから、必ずしも世間の総意というわけでもなく、メディアのフィルターを通したある意味偏った世間の見方とも言えるかもしれません。
ただし、著者の臨床現場の体験も踏まえた内容もあるので、著者の感覚的にはある程度実感を持った確からしさを感じているものと思われます。

同様の発言をする人も少なからず見られますし、私自身も同じような感覚を持っていますので、本書の内容もそれほど異論があるわけではありませんが、それでも、何か違和感のようなものを感じたのも確かです。それは著者の語り口なのだと思います。

なんだか刺々しいというか、攻撃的というか、もちろん今の状況を批判的に見ているのだから当然そうなるもの頷けますし、自身への批判的手紙への反発もあるでしょうが、どうもそれでは益々反感を買うことになりそうで、著者への非難は一向に止むことはないように思えます。もしかしたら、それは織り込み済みで、わざと敵愾心を煽って話を盛り上げていることも考えられますが、まえがきの記述からはそうではなさそうです。
例の勝間さんとの応酬でも、香山さんが一方的に議論を吹っかけている感じでもあり、二人のやり取りをテレビで観ましたが、勝間さんは確信的に自信をもって語っていたのに対し、香山さんはあまり余裕が感じられず闇雲に批判しているようにも見え、二人の議論はあまり噛み合っていないような印象を受けました。

香山さんの理念を語って何が悪いという主張には賛同しますし、本書で取り上げるような最近の世間の不寛容で世知辛い傾向にも違和感を感じますが、香山さんの語り自体にもそれらと同じような空気を感じ、結局は同じ社会の中で共通の土壌の影響を受けていのではないかという気がしないでもありません。
それはこのようなことを書いている私にも言えることなのだと思われ、誰しもその時代の空気が持つ影響からは逃れられないのではないかと思われます。

著者の香山さんは幅広く世間に目を配っているようで、様々な媒体から情報を拾い上てきて、現代日本の状況を捉えていますが、その視点は必ずしも精神科医というわけではなさそうで、批判的ではありますが断定的でもあり、事象の分析も深く行うわけではなく、「〜だろうか」といった結びで疑問を呈す形の批判を行っている感じです。

これは、自分の言説を否定する世間の風潮を「いまどきの常識」という形で批判的に捉えることで、自分自身を肯定したいという願望があるのではと思えなくもありません。もしそうであるなら、著者の物言いがどこか攻撃的に見えるもの頷ける気がします。

本書は、著者の批判的視点により様々な箇所から現代日本の社会の一面を切り取り、偏狭になりつつあると思われる人々の意識に対して疑問を呈する社会批判の書であると同時に、そのような社会から批判されて落ち込む著者の、ある意味自己肯定のための書なのではないかと思われます。

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<一言>
なぜ岩波はこの本を出したのか疑問に思われる本だと思われます。
ネームバリューで売れると踏んだのかも知れません。
しかし、分析はないし、言いっぱなしなのであまり読み応えはありません。
香山リカの言葉というところに価値があるのかも知れません。