「虐げられし若者の憤激。」

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来 (光文社新書)

物質的な豊かさが広く行き渡ると共に社会が成熟化しつつも、不況と少子高齢化が相まって経済的な厳しさが増す現在、右肩上がりの成長を前提としてきた年功序列賃金が既に機能しなくなっていることはもはや自明のことであり、将来の収入が不透明なまま住宅ローンを組むような行為は多大なリスクを伴うギャンブルと化している状況です。

社会全体のパイが縮小する中でこれまでの体制を維持し続けることは困難であり、それでもなんとか制度を守ろうとする動きが生じるのは当然ですが、特定の権利を保持すれば、自動的にそれ以外のものは排除され、収奪され、遺棄されることとなります。

それが社会的弱者と言われる人たちに集中することは容易に想像できますが、今の日本で起きている貧困問題はまさにその顕著な例であり、それがカイシャ内で起きていることが中高年のリストラ、成果主義という名の賃金カット、非正規社員の増加といった一連の出来事であり、本書が明らかにし非難している内容でもあります。

同様のことはこれまでも様々に言われていたと思いますが、今の事態をここまで明確に切れ味鋭く指摘した本は無かったのではないでしょうか。著者の言葉は辛辣ですが、かなりことの本質を突いているように思われます。

最近の学生の就職に関して、どこの企業も欲しがる超優秀な学生と、何回面接を受けてもどこからも内定をもらえない大多数の普通の学生の二極化の話を聞きますが、これも本書の内容から理解できることであり、歪んだ社会の状況が見えてくると思います。このことは、有名企業にばかり殺到する現在の学生側のブランド意識にも問題がないとは言い切れませんが、それもまた閉ざされた情報と、世間や親たちの旧態依然としたいい会社に対する期待、そして著者の指摘する従順な羊を作る現在の教育制度の中においては当然の結果なのかも知れません。

カイシャで急増するメンタルトラブルの原因について著者はキャリアパスの途絶が主な原因であるとの見解を示しますが、それはかなり優秀で上昇志向の強い人たちの話であり、恐らく著者の周りではそうなのでしょうが、多くの人はやはり過剰な責任と過酷な業務によるプレッシャーと過労によるものであると思われ、誰かの賃金維持のための人員削減のようなリストラのやり方を早急に見直す必要性を強く感じます。

このように著者は二極化している超優秀な側の立ち場からのカイシャ批判を行っているようではありますが、その状況は普通の人間の立場からしても同じことであり、それは既得権を持ったカイシャの年長者が自分の保身のために若者たちを犠牲にしている状況であり、さらに組合と経営者と与党と野党とメディアがいずれも既得権者として共謀関係にあるというかなり絶望的な現実です。

しかし、ここで気になるのは、正社員を守る組合の立場についてですが、以前テレビで時短をして労働時間を減らし自由時間を増やす取り組みをしている小さな会社の取組みを紹介している番組があり、そこで残業代なしでは生活が成り立たないと会社に強く反対を唱えていたのが従業員の奥さんたちであったという事実から、既得権維持と言っても単に正社員ということではなく、その家族の生活維持が実体であるということです。

結局これは、性別役割分業による男性稼ぎ主モデルが根源にあり、これも著者の言う昭和的価値観の一つなのであり、社会全体に根強く存在するこの従来型の価値観がある限り、状況の打開は困難であると思われます。

著者も言及しているように年功序列が全て悪いというわけではなく、その功罪があるわけで、功としてはレールに乗ったものの生活を保障する安定性であり、それは仕事への集中と会社への忠誠心を形成しますが、同時にそれは罪としてレールに乗れないものを排除し、不安定な生活状況へと追いやるのみならず、環境の悪化次第では搾取の対象にさえなるという過酷な状況を生み出す装置になり得ます。

また、年長者の収奪システムは官庁やある程度の規模の企業ではそうだろうと思われますが、日本の多くを占める中小企業ではどうなのか、本書でも若干の記述があるように系列や下請という形で大企業の収奪システムの踏み台になっている可能性が高いように思われます。
これはまさに日本全体が一つのシステムとして上へ上へと利益を絞り上げるシステムになっているようであり、著者が例えたねずみ講のような仕組みというのは決して言い過ぎではないように思えます。
このような想定がどこまで実際に妥当するものなのか、検証データがないのであくまで想像に過ぎないのですが、今起きているあらゆる現象を組み合わせれば納得いく考えであり、全くの妄想とは言えないのではないでしょうか。

本書のタイトルにあるような新入社員の3割が辞めるというような状況は、社会的環境の影響が大きいと思われますが、現在ではどうなのでしょうか。現状の相当厳しい環境の下でも状況が変わらないのだとすれば、事態はかなり深刻でシステム自体の老朽化は見過ごせない状況であり、企業のあり方も日本の社会制度も根本から考えなおす必要があるのだと思います。

誰のせいでもなく時代のせいであるという著者の言葉はたぶんその通りなのだと思います。若者を踏み台にする強欲で恥知らずな老人どもは確かに存在するでしょうが、世の中の多くの人が自分たちの最善を目指して行動してきた結果が今の状況を作り出しているということでもあり、誰かの強欲や誰かの無責任な態度を責めてどうなる問題ではないのかもしれません。
しかし、今ではそれらの行動の結果がもたらした状況を多くの人が知ることができ、このまま同じことを続ければどうなるかの予測もできるまでに、多くの知見も経験も積んできているのだと思います。

虐げられた若者の憤激はこの先何処へ向かうのか、本書は時代の変わり目に存在する閉塞感という大きな壁に打ち込まれた、一つの楔のような本なのだと思います。

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<一言>
本書は著者の押さえ切れない現状への怒りが文章ににじみ出ている感じであり、感情的だと指摘されても仕方のない部分もあるかとは思います。
しかし、現在の旧態依然とした閉塞感に満ちた状況を作り出し、なおもそれを続けようとする年配者への著者の怒りも理解できるところであり、若い人のほとんどは共感できる内容なのではないでしょうか。
私もつい感化されて、長々と余計なことまで書いてしまいました。
著者のエリート然とした雰囲気はちょっと気になりますが、切れ味鋭い文章は訴求力が高いものと思われます。
この世代は面白い人が多いですね。