「ある意味安心しました。」

福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓 (中公新書)

福祉国家の闘い―スウェーデンからの教訓 (中公新書)

理想的な福祉国家として何かと話題にされるスウェーデンですが、なかなかその実体や問題点などについて知る機会がなく、以前から気になっていました。ようやく本書のような、表面的でなく内実にまで踏み込んだ記述でスウェーデンという国の実情を知ることができ、決してそこが夢の国などではなく、他国と同様、様々な問題を抱え苦悩する普通の国なのだということがわかり、なんだかほっとしました。

もちろん、これだけがスウェーデンの全てではないでしょうが、ほとんど知らなかったスウェーデンについて、一つの見方を提示してもらえたことはたいへんあり難いことです。本書の著者は、スウェーデン大使館に在籍していたらしく、スウェーデンの文化や歴史にも詳しく全体的にスウェーデンという国を把握しており、かなり実体に即した記述なのだと思われます。

著者によると、スウェーデン人の国民性は、寡黙で議論を避ける、相手の気持ちを思い遣る、中庸を重んじる、などなど日本人との類似性が多々見られるものの、それは表面的なものでしかなく、その内実は、強烈な平等意識、ゲルマン的合理主義、内向的で孤独を愛する個人主義といったものであり、厳寒の地に住む民族の特性が如実に表れているということのようです。そして、それらの特性の帰結として実現されているのが、かの福祉国家ということであり、すなわち、平等原理を完全主義的に実践した結果ということのようです。

その福祉の社会化の背後には、多くの国に見られる工業化に伴う家族の崩壊があるようですが、スウェーデンではさらに、その徹底した個人主義が、離婚の増加や、片親の子どもの増加といった社会問題にも大きく影響しているようです。同時に、この個人主義は、押しなべて他人への関心が薄く冷淡であるということにも結びつき、医師の患者との精神的交流がないとか、介護施設での老人への無関心から来る孤独の深刻さなどの状況があるようで、そこから日本における情緒的な対応が注目されているというのは、ちょっと意外でした。

さらに、制度や設備の充実に関わらず、施設内での老人の孤独に加えて、多くの虐待の発生など決して理想的な状況とはいえないようで、日本と同様、人の関わる現場での難しさを感じると共に、過剰な福祉による財政的な行き詰まりの状況も含めて、著者も指摘するように、日本の論者のスウェーデンモデルの良い面ばかりを誉めそやす態度は問題であると思われます。

また、古代での地域で厄介者となった老人の自殺の伝説とか、比較的近い過去にあった強制断種の歴史など、過度の合理性に基づくゲルマンの狂気といった民族的な解釈も含むため、取扱のかなり微妙な問題であり、またこのような国家や民族の闇の部分は、日本も含め多かれ少なかれどの国でも存在するものですが、人道主義のイメージが着しているスウェーデンにおいては、著者も危惧しているように、様々な誤解を招く恐れがあるように思われます。そういう意味でも、本書は過度にバランスの取れた内容といえるかもしれません。

その他にも、オープンで人々に支持される王室の下での、冷淡で自己中心的な中立政策や、人道主義を打ち出す一方で武器輸出も行う死の商人の側面、政治的道具としてのノーベル賞など、スウェーデンの政治的な諸側面が垣間見えますが、かの国をよく知る著者はそれを、不誠実というよりは小国の生き残りのためのしたたかさであり、日本も見習うべき点が多いと評価します。

社会面においては、福祉国家であっても起きる自殺、貧困、犯罪の増加、強くて美しい女性たちのための作られた社会進出、男女のいがみ合い、国家的問題としての飲酒、他の受入れ国と同様の移民問題、ホームレス問題、いじめといった様々な問題を抱え、それらと懸命に格闘している様子が窺えます。

自殺問題についての著者の考察もありますが、大変難しい問題であり、最近まではスウェーデンと同程度だった日本での自殺率の近年の急増からも、国民性だけでなく、社会的要因はかなり大きく影響すると思われ、日本においてはもっと本格的な分析と早急な対策が求められる問題だと思われます。

福祉国家と犯罪の関係なども興味深いテーマですが、最近のスウェーデンでの犯罪増加の原因についてあまり記述がなく、統計的な裏づけなども弱く、日本の例でも体感治安はメディアの報道にも大きく影響されることもあるため、より慎重な検証が必要と思われます。

その他、片親家族問題は現地ではどのように捉えられているのかとか、精神障害者への差別意識が低い一方で放置されているとはどのような状況なのかといった、個別の疑問も多々ありますが、何よりも、スウェーデン国民の将来への悲観度合いが高く、政府への信頼感が低いというかなり悲観的な調査結果は意外で、スウェーデンでは生活満足度が高く、政府への高い信頼が高額の税負担を容認しているといった日本での一般的な見方とは異なるようなので、その辺ももう少し詳しく知りたいと思いました。

本書は散文的なもので、学術的な分析の本ではありませんが、敢えて言えば文学的な観点からスウェーデンという国を捉えたものとも思われ、それ故に清濁併せ呑んだ形での奥行きのあるスウェーデン像が掴めるような気がしました。
表題のように、相当に厳しい闘いの中で形成された福祉国家であることがわかり、日本も安易な模倣ではなく、国民性を含む文化と歴史に基づいた独自の福祉制度を、自分たちで作っていくことの必要性を改めて認識させる、よい刺激になる本だと思います。

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<一言>
バランスが取れているというべきか、偏っているというべきか難しい本です。
どういう視点で見るのかが重要になるのだと思いますが、穿った見方というのも、時には大事なのです。
いずれにしても、スウェーデンについては、もう少し調べてみたいと思います。