「こころある経済学の系譜。」

<転記 2009.8.2 レビュー短縮>

経済学の考え方 (岩波新書)

経済学の考え方 (岩波新書)

宇沢先生のことは以前何かの記事で読んで、たいへん信用に足る人物であるとの印象を受け、ずっと著書を読みたいと思っていました。ようやく先生の著書を読むことができましたが、期待した通り、思想としての経済を体現されている方だという印象です。

この本は、宇沢先生の経済学への考え方を形成する際に大変影響を受けた、幾人かの著名な経済学者の考え方を歴史的に辿りながら、古典的経済学から近代さらに現代経済学の形成の過程や社会的背景、そして経済学史的背景を踏まえて経済学のあり方を考えると共に、必ずしもより良い方向に進んでいるとは思われない現在の経済状況と社会の動向をもう一度捉えなおして、今後の経済学の方向を考える、著作の時点での先生の総まとめといった感じの本だと思われます。
本書は80年代後半の冷戦の末期、日本のバブル最盛の時期に書かれた本ですが、その内容は近年の金融危機に繋がる資本主義的問題が鋭く指摘されており、今読んでも十分意味があると思います。

本書で取り上げられる主な経済学者は、アダム・スミスリカードマルクスワルラス、ヴェブレン、ケインズ、ジョーン・ロビンソンといった面々であり、いずれも経済学では著名な人物ですが、これは宇沢先生の経済学への考えも反映しており、たいへん含蓄ある人選ではないかと思われます。

かなり大雑把にまとめてしまえば、スミスによって経済学が初めて社会科学としての学問として認められ、リカードがそれを精緻化論理化し、そこにマルクスが貧困の概念を提唱し、ワルラスが新しい分析手法でいわゆる新古典派の理論を打ちたて、ヴェブレンがその新古典派の非現実性を批判し、さらにケインズが同じく新古典派を批判する形で世界恐慌後の新たな経済学を構築し、そしてロビンソンが現実と乖離した現代の経済学の危機を訴える、という流れかと思われます。

その後に来るのは、強力な反ケインズ主義という運動であり、そこから合理主義経済学、サプライサイドの経済学、マネタリズムの経済学といった新古典派の延長ともいえる経済学が隆盛となり、いわゆる新自由主義の経済へと向かっていくことになるかと思います。
そしてその帰結は言うまでもなく、現在の世界的金融危機となるわけですが、現在再びケインズが見直されているというのも振子の振り戻しということなのでしょうか。
注目は、本書の末尾において先生が期待の若手経済学者として挙げてるマカロフとスティグリッツであり、二人とも後にノーベル経済学賞を受賞することになります。現在スティグリッツの展開するグローバリズム批判とIMF批判は、まさに本書の流れに依拠したものと思われ、経済学の一つの確かな流れを適確に捉えている宇沢先生の慧眼には恐れ入ります。

また本書において、日本経済について社会的不均衡の文脈で若干の記述がありますが、それは目覚しい日本経済のパフォーマンスに比べて国民の実質生活水準の低さを指摘するものであり、国民生活の犠牲の上に経済大国日本が成立しているのではないか、それは新古典派的市場主義による帰結ではないかという、まさに現在の新自由主義経済による行き過ぎた競争による様々な弊害へと繋がる内容に、ぶれない先生の一貫した姿勢を感じます。
先生は現在の経済学的問題の一つの処方箋として、社会的共通資本という概念によってあるべき方向を指し示しますが、正直本書の内容では私にはよく把握できませんでした。
その辺は先生の他の著書を読む必要がありそうです。

本書は宇沢先生による現代経済学の指南書であり、経済学をどのように考えれば良いかを考えるヒントがちりばめられていると思われます。
経済理論についてはやはり難しいところがあり、やや偏った論証の印象もありますが、先生のスタンスは一貫しており、心のある経済学の系譜がここにはあると思います。

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<一言>
経済学の世界には疎いので、宇沢先生がどのような位置づけにあるのか良く知らないのですが、単なる学問としてではなく、真に人々のためになる経済学を模索している人物というのは間違いないないのだと思われます。
他にも宇沢先生の本を読んでみたいと思っています。