「今こそ社会保障の議論が必要です。」

<転記 2009.10.11 >

日本の社会保障 (岩波新書)

日本の社会保障 (岩波新書)

本書の冒頭にあるように、社会保障の本来の意味は「社会的な悩みを取り除く」ということであり、個人ではなく社会が原因となって起きた問題を社会が手当てすることが求められるものです。これは憲法25条の基本的人権の尊重でも規定され、誰もが人間として最低限度の生活を送れることを保障されるはずですが、最近では行き過ぎた自己責任主義によって、個人では対応不可能であり、本来は政府や自治体が対応すべき問題についても個人の努力不足が原因とされ、悲惨な生活を送らざるを得ない人たちが急増しているのは、もはや周知の事実です。
本書は、このような状況へと至った日本の社会保障制度に対し、政府が未だに場当たり的な政策しか打ち出せない状況を批判する視点から、現在の日本の社会保障の状況を明らかにし、社会保障の原理を説き明かしながら、今後のあるべき社会保障の姿を考えていく、日本の社会保障を正面から問い直す本です。
書かれたのは1998年頃ですが、著者の一連の著作の骨格といえるような内容だと思われ、著者の一貫した主張は、その後の社会的変遷により風化することなく、少子高齢化の進展と経済格差の拡大、現代的貧困の増加する現在において、益々重要性を増していると思われます。

著者はまず「福祉国家」の歴史的な展開から、「所得の再分配」としての「福祉」と「リスクの分散」としての「社会保険」からなる社会保障の概念を示し、その社会保障を、産業化に伴って衰退した伝統的共同体の相互扶助に代わって国家が実施するようになり、さらに経済社会の成熟化に伴い「福祉と経済成長の両立」から「負担としての福祉」へと変容していった状況を解説します。
この「福祉国家」という概念については、「ナショナリズムによる閉鎖性」という批判と、「経済拡大を前提としていることに対する環境への負担」という2つの批判があり、著者はこれらを視野にいれた、これからの「福祉国家」像を検討していきます。

福祉国家」が、歴史的に主にヨーロッパにおいて成立した概念であるのに対し、日本の福祉は、戦後の経済発展を第一とする政策の中で、経済政策の一部として組み込まれた経緯から、日本株式会社の厚生部門として経済産業に携わる人員の育成確保のために導入された様子を示し、先行して整備された医療制度など理想的な途上国型モデルとして機能している反面、成熟型医療への転換の遅れが目立ち、遅れて整備された年金については、貯蓄保険機能と所得再分配機能の混在による複雑化、そして福祉に関しては社会保険を中心に社会保障制度が組み立てられた経緯から、大きい国保と弱い福祉サービスといったアンバランスな状態となっている、などの問題を指摘します。
特に福祉サービスについては、今後さらに進む高齢化に伴い、深刻化する社会的入院の問題も含めて、高齢者介護から対人社会サービスへの展開といった根本的な検討も必要であり、医療、年金、福祉といった福祉分野の総合的な全体像を早急に構築する必要性を訴えます。

このような、高度成長期に明確な理念もなく場当たり的に整備されてきた日本の社会保障は、多くの矛盾と不都合を抱え、その見直しが叫ばれる中、どのように改築すべきなのか、著者は社会保障の原理に立ち戻って考えます。
経済学的視点からは、効率性と公平性を基に、医療と福祉を強化し年金のスリム化を目指すべきとし、また、経済原理で割り切れない「公平性の根拠付け」と「共同体の位置づけ」、さらに「グローバライゼーション下での国家の役割」といった問題に関しては倫理学的視点から検討し、個人と共同体と国家の関係を論じる中から、福祉国家の概念は「地球レベルでの社会保障」を視野に入れた福祉世界の概念にまで拡張されるべき、との壮大な構想を展開します。
一見空想的なこのような構想も、現在EUが体現しようとしていることであり、ゆくゆくは国家を越えた世界的な規模で実現することを視野に入れる時期が来ると想定しています。
また、福祉においても環境親和的な社会を目指すことを前提とし、これまでの右肩上がりの経済拡大路線から、高齢化に伴う成熟社会を構想していくことが必要だとし、そこに「定常型社会」というキー概念を提唱します。これについては、著者の別書『定常型社会』という本に論を移す事になりますが、基本概念は本書の内容と変わりありません。

これらの議論を踏まえた著者の日本の社会保障制度に対する提言は、具体的かつ説得的であり、より多くの議論を踏まえた上で是非実際の政策に反映していって欲しいと思う次第です。
そのためにも今必要なことは、著者の主張するように『医療、年金、福祉にわたる社会保障の全体を視野に収めた上で、各々の分野の公私の役割分担のあり方を明らかにしながら、社会保障全体の最終的な将来像についての「基本的な選択肢」を示し、議論を深めていく作業を行う』ことであるというのは全くその通りだと思います。

本書は、時代に対応できなくなっている現在の日本の社会保障制度を根本から考え直すために、基本となる社会保障の原理と日本の社会保障の現状を知る上でたいへん有効で、今後のあるべき方向性を掴む手ごたえを十分に感じられる重みのある本だと思います。

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<一言>
これもまた長い文章ですが、掲載されてしまいました。
ちょっと内容のまとめがくどくて冗長な感じがします。
あまり評価できる文章とは思えません。
もっと短くしたほうがいいとは思いますが、めんどうなのでとりあえずこのままです。
『定常型社会』との違いをもう少し具体的に示した方が良かった気がしますが、そこまでの気力がありませんでした。
今では内容の記憶も薄れて、もう一度読み直さないとわからなくなってしまいました。
記憶というのは儚いものです。