「新たな選択肢を模索しませんか?」

<転記 2009.10.18 レビュー短縮>

持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想 (ちくま新書)

持続可能な福祉社会―「もうひとつの日本」の構想 (ちくま新書)

本書は、著者が一貫して追求しているあるべき日本の社会保障のあり方について、「持続可能な福祉社会」というコンセプトに基づき、これまでの際限ない経済拡大路線から脱し、高齢化に伴う成熟経済における定常状態に向けた社会の構想を、これまでの著者の主張をさらに膨らませる形で、より具体的に議論を展開していく内容になっています。

そこで強調されているのが「人生前半の社会保障」という概念であり、これまで「カイシャ」と「家族」により”見えない社会保障”として担われてきた若者の教育や福祉が、経済格差の拡大により担保できなくなった現在、社会保障としてきちんと国が手当てを行うべきであるといった主張となっています。

それと同時に、定常型社会を支える新たなコミュニティの形成が必要だとし、それは従来型の共同体の一体意識と個人をベースとする公共意識が融合した形となるだろうと予測します。さらに、人類が生き残るためにはグローバルな視点での定常型社会の実現が不可欠だとし、環境資源の制限を考慮した世界的な福祉社会の構想を展開します。

個人的には著者の主張に賛成であり、このような社会へと転換することを望みますが、しかしながら、現実問題としてやはり経済問題が大きく立ちはだかっていると思われ、グローバル化の進展する世界において、激しい競争の中での企業の生き残りが模索される現在、著者の提唱する定常型社会における産業経済構造の姿がなかなか想像できません。
著者の提唱する定常型社会は、これ以上環境負荷をかけるような経済拡大はもはや望めないために、経済成長を目的としない、環境と福祉を重視した社会であり、恐らくNPOを主体とした福祉に重点を置き、新しいコミュニティを中心とする、新しい経済学のパラダイムに基づく社会となるのだと思われますが、新しいコミュニティについてはある程度の構想は見られますが、新しい経済学のパラダイムについては全く不明の状態です。

需要の飽和した状況で、働けば働くほど失業率が増えるという悪循環を、労働時間を削減し、自分の時間を取り戻すというワークシェア的な方向へ向かい、ベーシックインカムも視野に入れた富の再分配という構想は、理念としては正しく望ましいものであることは十分理解できますが、グローバル化による世界的競争の激化する中で企業がしのぎを削る現状とのギャップをなかなか埋めることができません。
これは、グローバル化における産業の競争力強化という分野はとりあえず切り離し、純粋に国内での医療福祉や地産農業など内需に特化した政策を行っていくということを意味するものなのか、だとすれば、これまでの日本の海外との貿易に依存した産業の裾野の大きさを考えれば、この方針はかなり劇的な転換を求めるものであり、現実問題としてそう簡単に実現できるようには思えません。
けれども、このような発想自体が既に古い考え方なのかも知れず、著者は市場経済を超えた領域の拡大を想定しているので、従来の市場経済に基づく考え方をしていたのでは、来るべき持続可能な福祉社会のあり方に対応できないのかもしれません。
ただ、グローバル化の急速に進む現在だからこそ、世界的経済競争の中で富の偏在は拡大し、経済格差は益々大きなものとなり、競争についていけない多数が苦しい立場に追いやられるという現実が、本書で示されるような普遍的な価値観に基づく持続可能な福祉社会を切実に必要とする状況を生み出しているともいえるわけです。

グローバル化の流れは止められませんが、グローバル化の中でどのような生き方でも選択可能な社会的基盤を作ることは不可欠であり、社会保障の概念は益々重要になるものと思われます。
これまでの政治がグローバル企業の競争を支援し、経済的拡大による富を社会全体へといき渡させることを目標としてきたとするならば、これからの政治は、世界的競争に乗れずにこぼれ落ちた人たちの生活を、いかに保障していくかに重点を置いた政策へとシフトすることは当然の転換だと思います。それでも、弱肉強食や優勝劣敗を掲げる自己責任主義者たちは、社会的弱者を怠惰の結果だとして保障に反対するのでしょうが。
政治の役割が国民の幸福のためにあるのだとするならば、何が真の幸福かを国民自身が考え選択し、激変する社会状況の中でどのように行動するのかを、政治に対して意志表示する必要があるのだと思います。

そのような意味からも、本書は来るべき社会のあり方の一つの有力なモデルを提示するものであり、我々にとって望ましい社会をいかに構築していくかの大きなヒントになる本だと思います。

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<一言>
いずれにしても、理念をどう現実に結び付けていくのかが問われているだと思われます。
過剰供給による需要不足や、働けば働くほど失業が増える状況が生み出している現在の日本のデフレ状況をきちんど把握し、単なる成長ではなく、社会を維持するための経済が求められているのだと思います。
本書での言葉、「ファスト・アンド・クローズド」から「スロー・アンド・オープン」へというのは大賛成ですが、現実のスピードを重視する企業原理とは相容れないものと思われ、やはりそこはグローバル化の競争原理とは異なる、別の地域システムが構想されなければならないのかも知れません。
前から気になっている都市景観の醜悪さも含めて、新たなコンセプトのシステムデザインができればいいと思います。
道未だ遠しといった感じです。