「恵まれた苦労人シュンペーター。」

シュンペーター―孤高の経済学者 (岩波新書)

シュンペーター―孤高の経済学者 (岩波新書)

シュンペーターといえば、名前は聞いたことがあっても具体的にどういうことをした人なのかは知らない人が多いのではないでしょうか。経済学者であることは知っていても、企業の技術革新に関する理論を提唱したくらいしか知らない人がほとんどではないかと思います。私だけかも知れませんが。
本書はシュンペーターという人が何をなし、どのような人であったのか知るのに、手ごろで格好の本だと思います。ただし、マルクスケインズほど注目されているわけではないので、それほど知りたいという人はいないかも知れませんが。私は、著者である伊東先生の『ケインズ』が読みやすくて面白かったので、本書も何か得られるのではないかと思い読んでみました。

本書は、前半でシュンペーターの生涯を追いながら、その業績や様々な人との出会いを振り返る中で、その人となりを浮き彫りにしていき、後半では彼の主張した内容について、その思想と理論を解説する構成となっています。
シュンペーターを語るに重要な人々として登場するのが、同時代のライバル(?)ケインズであり、尊敬はするが乗越える対象としてのワルラスであり、価値観の異なる偉人マックス・ウェーバーといった人々であり、さらにその方法論のモデルとなったベルグソンなども含めて、実に多様で偉大な人々が関わりをもっていたことがわかります。

特にケインズとの関係は微妙で、シュンペーターケインズを高く評価するけれども自分の理論には取り入れず、またケインズの思想に様々な批判を行っていたようすが、一方のケインズはほとんどシュンペーターのことは眼中に無かったようで、シュンペーターの一方的な片思いというか、勝手に嫉妬心に燃えていたという感じです。

両者は非常に対照的であったようで、実践家ケインズに対してシュンペーターは理論家であり、ケインズ有効需要理論に対して、シュンペーターは供給における企業のイノベーションを重視した考えということであり、そもそも視点が大きく違っていたということのようです。

シュンペーターを特徴付けるのは、その早熟性で、かなり若くして高度な主要論文を書き、また、教授になったのも早く、その天才ぶりが窺えますが、同時にそれは彼のプライドの高さに結びついているようにも見えます。
本書で見る限り、プライドから来る自信の強さや、たいへんなイギリス好みなど気取った感じで、厭味な人物にも思えますが、優れた教師としての側面や、彼を慕う人の多さなどから、変人というわけでもなさそうで、どんな人なのかよくわかりません。
しかし何かと人との対立や齟齬が多く、ウェーバーとの応酬や、友人バウアーとの対立など、付き合いにくい人であったのかもしれません。

ただし、かのマックス・ウェーバーとの交流についての話は、当時の情勢やウェーバーという人を知る意味でも興味深いエピソードでした。

社会主義については、その良し悪しは別として、論理的に資本主義の発展過程における当然の帰結として、資本主義は衰退し社会主義へと移行せざるをえないという考えであったようです。そして、ソ連社会主義などではなく単なる軍事独裁制にすぎず、工業化の進んだドイツこそが社会主義になるにふさわしいと思っていたようで、オーストリアの大蔵大臣になった際に経済的条件の整わないオーストリアでは、社会化よりもまずは資本主義的復興が先だと主張し、周りと対立した末に辞めさられることになったようです。

その後、オーストリアは経済危機を迎えますが、それを防ぐ手立ても知恵もあったのに、それを活かすための政治力の無かったシュンペーターは、政治的にもその後実業的にも挫折し、研究者として、さらに教育者として実績を積んでいきます。

シュンペーターの経済の捉え方は、彼のマーシャル批判からその特徴がわかると思われますが、マーシャルの経済は連続的に成長するという有機体的発展モデルに対して、シュンペーターは企業者のイノベーションによる非連続的な経済発展を行うという飛躍的経済論であるということです。さらに、交換経済の監督者としての銀行の役割を、真の「資本家」であるとして、かなり重視していたようです。
このような、経済の動的分析はダイナミックな経済活動の場であるアメリカにおいてこそ適合性が高いと思われ、そういう意味で彼がアメリカに渡り、その地を研究の基盤としたのは当然であり、相応しいことだったのだと思われます。

また、資本主義過程の分析は景気循環の分析に他ならないとしたシュンペーターは、不況は資本主義の正常な適応過程であると喝破し、雇用は有効需要によって決まるとするケインズの社会政策的な経済理論とは相容れず、理論と政策は別であるとして、ケインズの理論を批判したようです。これは、政策に反映されない経済学には何の意味も無いと、学生たちにはすこぶる評判が悪かったようです。

彼の資本主義衰退論は、マルクスの資本主義自身の抱える矛盾の故に崩壊するとしたのとは異なり、資本主義の成功の結果崩壊するとしており、これは、経済領域と制度や歴史的変化などの非経済領域との長期的な相互干渉による考察を行ったものであり、ここに、現代経済学に欠けているものを見出せると著者は評価します。

また、彼の帝国主義論は、ドイツ帝国主義の抽出に他ならず、ドイツ帝国主義を批判することから帝国主義批判を行っているようです。それは資本主義と帝国主義を分離し、帝国主義の背後に、農村に残るユンカーによる封建的風土からなる軍事大国化があり、保護関税に見るように、利益を得るのは大地主などの政治的有力者だけで、それらが帝国主義を強化し、それが資本主義の発展を抑えている、よって、イギリスのように資本主義が発展すれば、人々は反帝国主義運動を起こすに違いないという考えのようです。
しかし、彼の議論はドイツ帝国主義に偏より、またイギリスを理想化しすぎており、世界市場の再分割の視点が欠如していると同時に、ドイツ金融の持つ資本主義における発展的意義について捉え切れていなかったなどの問題点もあるようです。なぜ、ソ連は社会帝国主義へと展開したのか、それはシュンペーターの指摘した市民社会の未成熟という問題に関係するようです。

彼は、生涯を通じて資本主義とは何かを問い続けた人であるようです。
経済においてもっとも大切なのは技術革新であることを主張し、ケインズの主張するような需要操作だけで、供給サイドの革新がなければ、国際競争に敗れてしまうことを認識させたという点が今日的に意義があるということのようです。
また本書では、ウィーンという自由な土地柄が彼の思想に与えた影響を重視しており、彼の帝国主義論がドイツ帝国主義の古い封建的性格から来る帝国主義戦争を批判する姿勢から、現実の特質をつかみ出す経済学としての意義を強調します。

他の本でもそうですが、著者は人物描写が上手く、あたかも見てきたかのような会話で生き生きと描き出し、ちょっと司馬遼太郎を思わせる文章、というと言い過ぎでしょうか。しかし、経済理論の話では、シュンペーター自身の表現が分かりにくいというということもあるのでしょうが、内容がちょっと掴みにくいように思われました。
また、シュンペーターの経済学的意義というのもいまひとつ感じられず、そんなにすごい人に思えないのは、技術革新の考えが今では当たり前のことになっていて、当時においては革新的な考えだったということが実感できないからなのかも知れません。
できれば、もう少し現代的意義というのを掘り下げた説明が欲しいと思いました。

総じて、シュンペーターという人は、政治的実業的挫折や最愛の奥さんとの死別、同時代の優れた経済学者ケインズへの嫉妬など、恵まれた才能の持ち主である一方で、かなりの苦労人であったことが窺えます。

いずれにしても、シュンペーターという人を知る格好の入門書と思います。

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<一言>
まとめるのが難しくだらだらと書いてしまいました。
かなり人物像を中心とした本であり、伝記に近い内容かも知れません。
なのでその人となりを知るには優れていると思いますが、学問的な事項については概略的な内容だと思うので、他の本もいろいろ当たってみるべきなのだと思われます。
ただ、ケインズほどの魅力を感じないのは仕方の無いことかもしれません。