「きれいごとではありません。」

スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」 (朝日選書792)

スウェーデンに学ぶ「持続可能な社会」 (朝日選書792)

本書は、スウェーデン大使館に長年勤務していた、環境問題のスペシャリストによる、現在の社会のおかれた危機的状況への警告の書であり、環境問題は理想主義などではなく、目の前に確実に存在する破滅の危機であり、冷静に現実的な対応をするならば、スウェーデンのように振舞わざるを得ないという話です。

著者は、現在の最も大きな問題は少子高齢化と環境問題であり、現在の日本の経済規模の拡大を前提とした社会システムでは、「不安でいっぱいなのに危機感は薄い」という状況の中、経済成長と景気回復を追い求めて、不毛な議論を続けるばかりだと指摘します。

そして、必要なのは新しいビジョンとその達成方法であるのに、日本の政府は従来の公害対策の延長に過ぎない環境対策に終始して問題の先送りを行っていると厳しく批判し、一刻も早く現実を見つめて、持続可能な社会へ向けての環境政策を行わなければならないと主張します。

重要なのは、環境問題とは地球温暖化や環境汚染などのことではなく、その根本は現在の経済システムの問題であるとの認識をきちんと持つことであり、そうでなければまともな政策などできないとの主張です。

そもそも現在の経済学が、自然環境などのお金以外の要素をまともに考慮していないことが問題であり、地球が有限であるという前提がすっぽり抜け落ちたまま、自然や人間の許容可能な限界量から来る経済的制約があることを無視して経済拡大のみを追い、経済成長がいつまで可能なのかという基本的な議論すらされないことを問いただします。

さらに、日本政府の環境対策は個人に努力に任せすぎである点を指摘し、もやは個人レベルでどうにかなる問題ではなく、政府がイニシアチブを取り、国家としての方策を取らねばどうしようもない状況であることを強調します。

そこで著者がモデルとするのが、福祉国家であり環境先進国でもあるスウェーデンですが、本書ではかなり完全無欠の理想国家として取り上げられており、最近読んだ『福祉国家の闘い』という本による、スウェーデンも多くの問題を抱えた普通の国であるという印象とは大きく異なり、このギャップをどう捉えればいいのか迷うところです。

確かに本書を読む限り、その理念や政策の先駆性、実行力の高さなど群を抜いていることがわかり、いろいろ問題もあったが既に解決済みといったニュアンスなので、もしかしたら、日本の政策の不備を指摘するあまり、スウェーデンの優れた点を過度にピックアップしている可能性もあります。それでも、その合理的な政策や制度、先進的な概念など優れたモデル国家であることは確かで、既に「人にやさしい国家」から「人にも環境にもやさしい国家」といった次のステップへと踏み出しており、ようやくコンクリートから人へ」と舵をきろうとしている日本も多いに学ぶべき点があるのは確かです。

著者もいうように、よく言われる、国家規模が違うから日本ではうまくいかないという指摘よりも、国民の意識と民主主義の成熟度の違いが大きいというのはその通りだと思われ、私も含めて日本における環境問題に関する意識は相当に低いのだと思われます。

それは日本の科学技術の状況にも表れているようで、スウェーデンにおける国家ビジョン策定に果たす科学者の役割がかなり大きいというのに対し、日本では科学者はどうも経済成長に関わる研究費の要請しか見られないようで、あまり地球的な理念で行動しているようには見えません。人類の英知の結集である科学者には、政治的ビジネス的な発言でなく、もっと理念的で理想的な深みのある未来を語ってもらいたいというのが私の希望です。この辺が、現在の科学離れと関係しているように思えて仕方がありません。

自然信仰やもったいない精神など日本にも民族としての素地があるはずですが、どうも経済原理に覆い隠されている感じで、自民党政権下の大型公共事業による利権政治があまりにも長く続きすぎた結果、古来から育まれてきた和の精神を、ビジョンとして転化するための政治的な素地がないように思われます。これは、既存のシステムの中で自分で考えることをせずに、全てを政治家任せにしてきた自分たちの責任でもあるのですが。

現実問題として、経済拡大路線の企業優先主義は未だに変わらず、さらに、現在の不況下では環境関連ビジネスへの転換がせいぜいで、著者の主張する根本的な環境政策の実現はかなり難しいと思われます。
しかし、せめて自分たちの行っていることの意味を自覚する必要があるのだと思われ、そういう意味でも本書は、現在のシステムに多少とも疑問を持っている人には大きく目を開かせてくれる、刺激的な本なのだと思います。

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<一言>
なんだかんだ言っても、やはりスウェーデンの理念先行的な国のあり方というのは間違いないようで、自然を愛する国民性というのは大変魅力的に思えます。
日本も自然に対する思い入れは深いはずですが、それを上回る経済合理性が強く、最近いくらか変わってきたようですが、はやりどうしても環境よりお金を選択する傾向が強いように思えます。
本書における地球温暖化が問題なのではなく、経済原理が問題だというのは全くその通りだと思いますが、聞こえてくるのはいかにして経済成長を行うかといった話ばかりで、年金問題も医療費の増大も増税も皆お金の話で、確かにお金が重要なのはわかりますが、あまりにお金に頼りすぎではないかと不安になってきます。
メディアにしても売れるための扇情的な報道ばかりで、もっと冷静に合理的な判断のできる土壌はないものか、何でも経済的に還元される社会に絶望した!、とでも言いたくなる気持ちです。