「人間、ケインズ。」

<転記 2009.6.7>

ケインズ―“新しい経済学”の誕生 (岩波新書)

ケインズ―“新しい経済学”の誕生 (岩波新書)

経済学においてケインズは欠かすことのできない人物だとは知っていますが、その考えを本当に知っているわけではありません。そこで、評判の良い本書によってその考えを多少なりとも概観できればと思って読んでみました。

なるほど、ケインズというのは、それまでの自由放任を是とする自由主義的経済学に対して、政府による経済のコントロールという新しい形の経済学を導入し、短期の需要拡大政策や福祉国家の実現など、現代の経済学や経済政策に多大な影響を与えており、現代資本主義を考えるのに欠かせない人物であることが改めてよくわかりました。

ケインズの立ち位置も面白く、彼の分類した3つの階級、投資家、経営者、労働者のうち、彼の与するのは経営者の立場であり、また、彼が最も批判したのは多額の資産を相続した投資家で、彼の分析では不況の元凶はその投資家の”貨幣愛”であり、これを殲滅することが彼の思想の根源にあったようです。ただし、ケインズ自身は投機を好み、かなりギャンブル性向が強かったというのは面白い話です。

ケインズ的政策としての公共投資が、よく言われるように穴を掘ってまた埋める的な、とにかく無駄な投資でも経済的波及効果があるというのは、確かにそういう面もあるようですが、元々ケインズが提唱したのは、国内産業を拡充させるための有効な投資だったようで、後に内需拡大のためなら何でもいい、というような内容に変わっていったように見受けられます。

また、あの忘れられた経済学者シルビオ・ゲゼルについての言及もあり、ゲゼルの減価する貨幣に対して、ケインズがインフレーションにより同様の効果を目論んでいたというのはなかなか興味深い話でした。

そしてまた興味深かったのは、ケインズの苛烈で辛辣なその人柄であり、唯我独尊的なキャラクターが知性第一主義に繋がり、優れた知性が経済のコントロールを可能にする、という万能感へと繋がっているのだと思われます。この多少尊大とも思えるエリート主義的な態度が、ケインズを嫌う人の鼻につくのではないかという気もします。
また状況に応じて即座に自論を翻す、朝令暮改的態度が周りの不評を買ったようですが、それだけ聞くと柔軟で即応的な実際的な人物のような感じもします。
とにかく、人間的にはかなり癖のある人物だったことは確かなようです。

それにしても、はやり経済学というのは私は苦手で、計算式や図表で表される経済理論は一見もっともらしいですが、どうも良く理解できないし、なにやらごまかされているような感じがして、あまり好きになれません。現在のマクロ経済学ケインズの理論が基本となっているらしいですが、どの程度役に立っているものなのかよくわかりません。

ケインズが『一般理論』を書いた世界恐慌直後の状況と、今日の世界的金融不況の状況は似ている部分が多く、最近のケインズ主義復活の兆しはある意味当然のことのように思われます。ただし、当時とは環境が大きく異なる点も多く、無限に膨らんだ金融市場や、経済規模とそれに伴う財政の大幅拡大、待ったなしの環境問題、インターネットを核とする情報革命などなど、そのままケインズ的需要拡大で問題が解決するとは思われません。もっと抜本的な経済システムの転換と、そのための新しい経済学が必要とされているように思えますが、まずは、現在でも良くも悪くも大きな影響力を持つケインズの理論について、もう一度新たに捉えなおすことは必要であり、ケインズを名前しか知らないような人にとっても、本書は格好の入門書となると思われます。

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<一言>
どうも経済理論よりも人物の方に興味があるため、見方がどうしても人物像の方に偏ってしまいます。
そういう意味でも、本書のような、うまく人物を描いた本には良い印象をもってしまうようです。
もっと経済理論の方も丹念に追ってみるべきなのでしょうが、やっぱり苦手です。