「ほんとはわかってる。」

<転記 2009.6.14>

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

本書は、生命とは何か、というたいへん根源的であり、今でも結論の出ない普遍的問題に対して、分子生物学者である著者が、真摯に挑んだ軌跡を記したものであり、知的冒険の書であると思います。

従来の生命の定義では、”自己複製を行う”という特性が主流だったようですが、あるときから、ウィルスという自己複製は行うけれど、それ以外は全く生物としての特性を持たない、かなり物質に近い存在から、これまでの生命の定義が疑われるようになります。

そこに、量子力学の祖であるシュレディンガーの生命への問い、”原子はなぜそれほどに小さいのか?”が浮上します。
これは、生物の体はなぜ原子に対してこれほど大きいのかという問いのことであり、要するに、生命がその秩序を維持するためには、生命を構成する原子は、熱運動により起きる例外の発生を、統計学上致命的にならない範囲内に納めるために、生物の体は原子に対して有意に大きくなければならない、ということです。
これは、言い換えると、生命とは増大するエントロピーに抗して、秩序を維持するシステムであるということになります。
では、その生命の維持を行っているメカニズムとはどのようなものなのか。
シュレディンガーは、そこに物理学的原理を想定しますが、結局説き明かすことはできませんでした。

そしてここに、孤高の天才ルドルフ・シェーンハイマーが登場します。
彼は、生命とは代謝の持続的変化であり、生命秩序は、エントロピー増大による例外の発生よりも速く、自ら破壊と生成を繰返す流れによって維持されることを見出します。

著者はこれを、”生命とは動的平衡にある流れである”と再定義を行い、秩序を破壊し平衡状態を保つ生命のシステムのメカニズムを探求していきます。
そして著者はそこに、様々な生命の不思議を見ることになります。

後半の生物学的説明は、私には少し取っ付き難いものでしたが、ある遺伝子を完全に破壊しても生物に異常は発生せず、部分的に破壊したときにはじめて異常となるなど、生物が単なる機械でないことを示すエピソードは興味深いものでした。

それにしても、著者の文体は流麗であり、そこはかとない品性を感じさせる文章だと思います。この流れるような文章は、本書でも示される生命の破壊と再生の流れをを含む自然そのものの壮大な流れを連想させ、分子生物学的には解明できていない生命の仕組みを、著者は無意識的に感じ取っているのではないかという感じもしてきます。

この本を読んで、個人的には、シュレディンガーが否定した、非物理学的な超自然的要因による、生命システムの維持メカニズムが存在するように思えました。

本書は、生命というものについて考えてみるための、優れた導入となる本だと思います。

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<一言>
最近、経済関係の本を多く読んでいるせいもあり、なんでも経済と関係付ける傾向があるような気もしますが、経済と生命というのも類似点があるような気がします。
生命が、自ら破壊と生成を繰返す流れによって維持されることというのは、まさにシュンペーターの言う、経済における創造と破壊に他ならず、資本主義は生命の維持と同様のメカニズムにより構成されているのではないか、そんなことを思ったりしました。