「イメージの一人歩き。」

<転記 2009.6.28>

戦前の少年犯罪

戦前の少年犯罪

最近少年による凶悪犯罪が増えたとの言説は、一時期ほどは聞かれなくなった気もしますが、それでもまだ、多くの人が凶悪犯罪の増加や低年齢化を素直に信じているのは、大手マスコミの報道を見ていれば、ある意味仕方の無いことだと思います。
私も、統計などでは凶悪犯罪の数は、昔からすればかなり減ってきているというのは知っていましたが、本書のように具体事例を数多く挙げて、その実態を明確に示してくれるというのは、認識を深めるということからも貴重で有益なことだと思われます。

それにしても、このような犯罪事例の収集とまとめは大変な作業であり、著者の情熱と根気には驚くばかりです。
しかも、犯罪研究が目的というわけではなく、世間や有識者と言われる人たちの信じる情報の不確かさを明白にするということであり、著者の衝動ともいえるような、一種の使命感のようなものさえ感じます。

著者のメッセージは、本書内にもありますが、世間で流れている情報を無条件に鵜呑みにするのではなく、可能な限り自分でデータを集め、自分自身で考え判断を下すべきであるということであり、著者のペンネームはダイレクトにそのことを主張しています。

著者の目的の故に、本書は情緒的で扇動的な方向に流れることなく(そう思わない人もいるとは思いますが)、あくまでも情報の提供に徹しており、また、記事へのコメントや時折挿入されるコラムで、時代背景やちょっとした解説が軽妙な語り口でなされており、認識を改める上でよい助けとなります。

ただ、事件の量が多く、内容も陰惨で、だんだんと読むのが辛くなってきます。
しかし、本書に掲載されいるのは一部に過ぎず、ホームページの方ではまだ多数のデータが掲載されているということであり、そこに載せてあるものも全てではないとのことです。
その犯罪内容も、現代とあまり変わりなく、戦争を挟んでいますが、人間の本性はそんなに変わることはないのだという、ある意味当然のことがよくわかります。

著者の意図は、何度も言うように、事実の提示により、巷に流布する言説のいい加減さを明らかにすることですが、その興味の対象は情報の伝達の仕方にあるといいます。
著者の言うように、これらのデータは特に隠されたものでもなく、その気になれば誰でも入手できるものですから、世間では十分に事実を確認せずに情報が広がっていることになります。

これは、事実がどうかに関係なく、人々が望むような情報が勝手に作られるともいえるし、また、何者かが自分の望む方向に世論を誘導するような、情報操作の可能性も考えられます。
この辺は、大衆心理の領域であり、噂や都市伝説などとの類似点も多く、確かに興味深い現象ですし、もっと深く知りたいところではありますが、本書の範囲を超えています。

本書によって、自分も含めて、世間がいかに情報を鵜呑みにし勝ちであることが明らかになり、自分で調べることの重要性を再認識することが出来るため、多くの人に読んでもらいたい本ではありますが、よく考えると、このような本を読もうと思う人は、既に情報を自分で吟味して、そのまま安易に信じることはないような気がします。

しかし、このようなイメージ先行の思い込み現象は犯罪状況に限ったことではなく、世の中にはいろんな形でいい加減に流布している情報も多いと思われます。
自分の思い込みや世間の風評をチェックする意味でも、そして犯罪という人間のある意味本質的な営みについてよく知るということからも、本書は有益であると思われます。

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<一言>
正月に相応しい内容とも思えませんが、単なる順番です。
犯罪は確かに増えているのでしょうが、凶悪犯罪は減っているのは確かでしょう。
社会が安定して、管理化が進んでいるのだから、当然と言えば当然です。
フーコーのパナプティコンの例を出すまでもなく、内在化された監視の目は肥大化する一方のような気がします。
しかし最近は、管理社会による閉塞感よりも、経済的な先行き不安による閉塞感の方が比重が増し、止むに止まれぬ生きるための犯罪が増加していることは、やるせないですし、時代の変化を感じさせます。