「所詮人間、されど人間。」

<非掲載 2009.8.16 レビュー短縮>

日本の難点 (幻冬舎新書)

日本の難点 (幻冬舎新書)

最近の宮台さんの本は読んでいませんが、その言動はそれなりに見聞きしているので、本書の内容的には馴染みのあるものが多く、現時点での宮台さんの考えの総集編的な意味合いの本だと理解しました。
ご本人も述べられているように、これだけ幅広い範囲でディープにしかも適確に社会問題を語れる人もそうはいないと思われ、混沌とした現在の社会状況を把握し、今後のあり方を展望する上で大いに参考になるのではないかと思われます。
私自身は、宮台さんの考え方に同感するところが多いのですが、最近ではこのようなリベラルな考え方をする人も大分多くなっているような気もして、宮台さんの活動がジワジワと功を奏してきたのかと思ったりする次第です。

本書では現在日本の状況把握とその背景、そして対処方法を考えるという大まかな筋立てで展開しますが、若者の動向、メディア、学校教育、いじめ、宗教、自殺、早期教育、といったクリティカルな問題から今の日本の状況を浮き上がらせ、その背景にある社会の包摂性の崩壊を、システム化、郊外化という現象をキーワードに解説し、その延長線上にアメリカ発の金融危機を位置づけます。そして現在の食料自給率を含む日本の農業問題から、今後の日本のあるべき方向として、柳田國男的日本固有の「国土保全を通じた社会保全」を提唱します。
それは昔に戻ればいいといった単純な懐古趣味ではなく、個人の自立を前提とした新しい共同体による社会の自立を目指すものであり、現在の農協を守る政策から農業を守る政策への転換を図り、農業を核とした食料自給、環境保全、雇用確保、社会的コミットメント、内需経済循環、といった形で経済だけでなく社会も機能していく仕組みを新たに構築していくものです。

しかし、実際に現在の仕組みを変えるのは非常に困難です。
それは、営利優先の企業や省益優先の官僚、及びそれらに密接に結びついた政治家などの勢力が強固に反対するといった単純な問題ではなく、正社員を初めとして現在の国民のほとんどは既に何らかの形で既得権益者であり、現在の構造を変えれば少なからず自分の取り分を諦めなければならない人がほとんどであることが問題の根底にあるからです。
それが、改革の痛みというものですが、それを視覚化し、全体の利益を優先するように説得していくのが政治家の責務であり、さらにそれを下支えするマスメディアの役割が重要なのですが、現状それを望むのはかなり難しい状況です。

しかし、宮台さんは悲観していません。
システムによる崩壊だからこそ、システムによる再生が可能であり、また、どんな時代であっても優れた利他的人物は存在し、その感染力によって周囲は変わりうることを確信しているからです。宮台さんのエリート主義はノブレスオブリージュを前提にした、一種の革命思想なのかもしれません。

それにしても、多くの指摘のように、宮台さんの文章は特殊な言い回しや難解な言葉が頻繁に出てきて、一般的には読みづらいのではないでしょうか。意図的な部分もあるのでしょうが、内容を平易にしても表現が難しいと、きちんと理解されない恐れがあります。かく言う私も、かなり誤解して読んでいる気がしてなりません。
それと、相変わらずの挑発的な表現も、わざとなのは分かりますが、あまりいい感じはしません。この辺は、もう少しオバマ氏を見習ってはどうかと思う次第です。
あと、ここで展開される重武装という思想は、最終的に核武装にも繋がるのではないかと危惧され、個人的には承服し兼ねるところです。
安全保障が軍事のみに非ず、というのはその通りと思います。

この本から感じたのは、これからの社会はモラルエコノミー、モラルサイエンス、モラルソサエティーといったモラルを重視した社会を目指すものであり、それは単に道徳といった規範に縛られた社会のことではなく、節度ある大人の社会をいかに構築していくかという、人間の人格的陶冶を念頭に置いたものであるということです。

その手始めとして、「恣意性からコミットメントへ」というポスト・ポストモダンの社会を新たに構築していく必要があるということですが、その具体的な形はまだ明確には見えてきていません。私は未だに「するも選択、せざるも選択」のポストモダン的世界の中に留まっている状態です。

本書は、日本社会のあるべき方向性を認識した上で、自分の立ち位置を把握できるような、一種の羅針盤のような本だと思われます。

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<一言>
やはり分かりにくいというのが印象かも知れません。
宮台さんも一般からかなりずれてきているのかもしれませんし、ご本人はそれをあまり意識していないという可能性もあります。
しかし、元々分かる人だけ分かればいいというスタンスのようでもあるので、そんなに問題ではないのかも知れません。