「何のための経済成長なのか。」

<非掲載 2009.8.23 レビュー短縮>

経済成長という病 (講談社現代新書)

経済成長という病 (講談社現代新書)

この本のことは知りませんでしたが、日頃から経済成長一辺倒主義の現状に疑問を持っていた私としては、本のタイトルに惹かれて読んでみようと思いました。
正直それほど期待していなかったのですが、ビジネスの最前線の現場にいる人からの、現在の経済システムの異常性を真正面から指摘する鋭い批判に、久しぶりにまともな意見を聞いた気がして、驚きと共に嬉しさを感じました。

本書でも指摘されているように、現在の政治家や経済の専門家などのメディアで語られる言説は、ほとんど全てが経済成長を前提とした政策や予測であり、それが唯一絶対の条件であり、全く疑いないような扱いをされていることはかなり異常な印象を受けます。

著者はビジネスの実践者ではあっても、政治や経済の専門家ではないとのことで、恐らく通常の市民感覚から疑問を感じていると思われます。私も同様の疑問を持っていましたが、そのような意見を公に見る機会はほとんどなく、このような形で発言されておられるのは大変貴重で有意義なことと思われます。しかし、このような考えがどの程度社会に受け入れられているのか大変疑問であり、共感している私も含めて、かなりのマイノリティーなのではないかという不安は拭えません。そうではないことを祈ります。

著者は、これまでのアメリカ主導の資本主義のあり方が根本的におかしいということを、グローバル化グローバリズムとの違いから説明しています。前者は社会の自然な流れであり、後者は経済的強者による支配体制の拡大戦略によるものです。
そして、昨今の経営者が著しく倫理観を失っているとの言説に対して、その本質が株主利益重視の考えから来ていることを指摘します。また、国際競争に勝つために政府が行っている、大企業を優遇する政策が、結果的に中小企業を壊死の状態へと追い込んでいることを示し、上位にある層の生活レベルを維持しようとする行動が、下位の富を吸い上げる現在の状況を、そのまま肯定はできないものの、人間の本性上完全には否定できないとします。

本書における著者の思考の背後にあるのは、秋葉原事件への言及からも窺えるように、その当事者性であると思われます。現在の経済問題や政治問題を含む社会問題について、メディアで目にする言説の多くは、自分とは関係のない理解不能な出来事であり、自分と隔離する方向での対処が要求されており、著者はそこに疑問を感じているようです。
著者はビジネスの現場で自分の感じた、今世紀初めの価値観の変化の原因を突き詰めるところから、欲望を無条件に肯定する社会の帰結としての、世界的金融危機秋葉原事件という、身近でしかし感覚的には遠い現象にまつわるあれこれを思索します。それらの出来事の因果関係は短絡的に結びつけられませんが、同じ時代背景の何かを共有しているように見てとれます。
誰かの強欲でもなく、誰かの異常性でもなく、自分の欲望や、自分が日々平常でいられる偶然性について想いを至らせる、そんな自覚を持って欲しいと著者は願っているようです。

そのような思索の中で、著者は現在の少子化による人口減少は経済成長の結果なのであり、経済成長のために少子化を防ぐという考えは本末転倒ではないかという疑問を投げかけます。さらに、出生率は低下しているのではなく、適正化されているのではないかという大胆な見方を示します。
一見突拍子もないように聴こえますが、頭から否定はできないように思えます。
もしそうであるならば、著者も言うように、政府の取るべき政策は無意味な少子化対策ではなく、人口減少社会に即した環境整備を行うこととなってきます。
著者は政府が経済成長に固執する原因を、昨今の若さへの過剰な固執と重ねて見ていますが、確かにそのような面は否定できないと思います。
私はそれに加えて、高齢社会を支えるための労働力の確保や自分たちの生活レベル維持のためという、どこまでも自分たち本意の思想が全面に出すぎている気がしてなりません。
これも人間の正直な気持ちとして否定はできませんが、労働力としてしか期待されない子どもや母親たちが、それを拒否するのは当然のことに思えます。かつての、「女は生む機械」発言へ激しい反発も、背後にこのような意識があったのだと思われます。
そもそも、少子化と経済成長を短絡的に結びつけるのも、疑問の残るところではあります。

本書は将来像の見えない現代の問題を考える上で、様々な示唆を与えくれる優れた本だと思われます。本書で引用されているいくつかの本についても、目を通してみたいと思いました。
また、経済成長の必要性については、ミヒャエル・エンデシルビオ・ゲゼルなどの考えとの関連も考慮が必要かと思いました。

******************************

<一言>
本のタイトルは素晴らしいのですが、内容はただのエッセイという感じで、もう少し論理的な鋭い展開を期待していたのが、ちょっと肩透かしをくらった感じです。
それでも内容的には共感する部分も多く、このような考えの人もちゃんといるのだということがわかったのは嬉しいことでした。
この本での引用文献も何冊か読んでみましたが、さらに素晴らしいものでした。
もっとこのような方向での議論が一般的になればいいのですが。