「上流から見た下流。」

<転記 2009.8.30>

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

本書にある下流度チェックを見てわかるように、ここで言われている下流というのは、社会的な落伍者のように、あまりいい意味で使われてはいません。元々、上流とか下流とかいう言葉は社会階層として使われるものなので、当然そこに階級意識が介在することは不思議ではありません。
著者は、経済的な格差に加えて、コミュニケーション能力の格差や意欲の低さなども含めて下流という言葉を定義しています。その上で、近年この下流という階層が増加しているという状況を、様々な統計や著者の独自の調査から明らかにしています。

著者はマーケティングの専門家であり、この下流に対する調査も消費という観点が中心になっているようで、男女を様々なタイプに分類して、その消費傾向を分析するといった形で現代の消費者動向を探るというものになっています。
ただし、全体的にその見方は従来的というか、これまでの成長路線の流れを踏襲している面が強く、かつての勝ち組・負け組という概念に沿った形で、男は年収の高さ、女は結婚が勝ちの条件とされているようで、確かにそのような分類でいけば、近年の所得格差や晩婚化・非婚化といった社会現象とも整合するものと思われます。
このような調査から浮かび上がる、かつての中流層の減少と下流層の増加から、ビジネスのターゲットをもっと上流に絞り込むべきとの提言は説得力があり、マーケティング的には有効性が高いものと思われます。

しかし、本書は単純なマーケティング分析に留まらず、著者の社会論とも言える、現代の日本の社会状況を憂えるような、下流批判へと展開していきます。
極端にまとめると下流はひきこもりで、ぐうたらで、意欲もなく、コミュニケーション能力も低く、年収も低く、結婚もしていない社会の役に立たない人間であり、日本の将来に大変問題となる人たちであるという危惧を著者は抱いています。
これは著者の下流の定義から来ているため、下流批判はある意味当然であるともいえますが、かなり一方的な印象を受けるのも確かです。最初から批判するために、下流を定義していると言われても仕方がないように思われます。
これはそのまま、現代の若者批判と言ってもいいかも知れません。
著者の言う下流が広がっているのは、現代の若者だからです。本書では「自分らしさ」という言葉からも下流論を展開し、自分らしさ追求派が下流へと繋がることを示していますが、著者の展開する批判は自分らしさを自分勝手という意味合いで読み替えている部分があるように思えます。
確かに、一般的にも両者を同義に使っている人たちは多いのですが、もう少し慎重に言葉を選んで分析したほうが良いように思われます。

このような著者の下流批判には、著者の価値観が大いに関係しています。
それは、著者にとって望ましい社会とは、流動的で活気があり、多様性のある刺激に満ちた社会だからです。著者の言う下流は、閉鎖的でエネルギーに乏しく、同質的で刺激の少ない人たちなのですから、このような存在が許せるはずもありません。
それに、著者はかなり上昇志向が強いようで、山の中腹で登るのを止めるような態度が理解できないようです。
しかし、著者の求めるような社会は、一昔前の高度成長期に主流だった価値観であり、現在の成熟化に向かいつつある社会ではあまり適合性が高いとは思われません。確かに、著者のいう下流は問題がないとは思いませんが、それは著者の価値観から批判的に抽出した面が多いと思われ、もっと別の観点から、肯定的に評価できる下流の定義もあり得ると思われます。
本書で欠けてるのは、当事者意識ではないかと思われます。
著者は、東京郊外に住む若者たちを同質であるとして「バカの壁」の状態にあると批判しますが、著者自身が「バカの壁」に捕らえられている可能性も考慮する必要があるかも知れません。
もちろん、そう言っている私自身もなのですが。ただし、本書は数年前の本なので、著者の価値観にも変化があるかも知れません。

本書は、著者の階層意識がかなり反映された、ちょっと偏った下流論だと思われます。大変評価の低い本ですが、かなり多くの人に読まれ、その訴求力は評価に値するものだと思われます。
ちなみに、本書の下流度チェックで、私はほとんど当てはまるということは言うまでもありません。

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<一言>
これは上から目線が目立つ内容でした。
なるべく冷静に書こうと思ったのですが、ついつい反発して批判的になってしまいました。
まあ、この本のような視点も確実に存在するのですから、一つの意見として冷静に受け止める必要があるのだとは思います。
しかし、こんな長い文章がよく掲載されたものです。
短くしようと思いましたが、せっかくなのでそのままにしておきました。