「財政の視点からの新自由主義批判」

<転記 2009.10.25 レビュー短縮>

人間回復の経済学 (岩波新書)

人間回復の経済学 (岩波新書)

本書は財政学者である著者が、世界中を席巻している競争と効率優先を旨とする新自由主義といわれる市場原理主義的な方向へと向かう日本社会の状況を、それでは人間が人間として生きることを困難にしてしまうという危機感を基に、財政社会学のアプローチから、益々進みつつある日本の構造改革に対して強力に異議を唱えるものです。書かれたのは、小泉構造改革の初期の頃になると思います。

財政社会学という言葉は聞きなれないものですが、イギリスのアダム・スミスを祖とする経済学に対抗する形で、それぞれドイツとフランスで発生したとされる財政学と経済社会学を統合する形で発展した学問とのことであり、財政を経済・政治・社会の統合した社会総体として理解することを目的とするとのことです。
シュンペーターなども提唱したとのことですが、全く聞いたことがありませんでした。
要するに、古典派経済学や新古典派経済学などの主流派経済学が純粋に経済要素だけを取り出し、人間は利己的にしか行動しない経済人であるという前提の基に、政治的な駆け引きや、社会的な共同意識などを排除した形で経済を分析するのに対して、財政社会学では、人間同士の協力や絆、家庭やコミュニティ、さらには自然との関わりに至るまで、トータルに経済活動を見ていくといったもののようです。
そのような視点から、経済は人間の生活を良くするためにあるのであって、経済システムを維持するために生活を犠牲にしてまで人々が従わなければならないものではないという、当然でありながら現代ではかなり忘れられている原則を改めて主張するものです。

著者は、1980年代からの相次ぐ日本の構造改革に異議を唱える中で、イギリスのサッチャー政権下での新自由主義政策により人々の生活が荒廃した状況を説明し、同様の事態がアメリカと日本でも起きた様子を解説しています。
また、第二次大戦後に人々に豊かさをもたらした「ケインズ社会福祉国家」が役割を終え、豊かな時代でその機能を果たせなくなった状況を説明し、それが国民の参加なき所得再分配国家であったために、官僚による画一的政策をもたらし、その結果現在の行き詰まり状態を招いたと主張します。

この状況の打開策として著者が提唱するのが知識社会への転換であり、それを支える社会基盤として、教育、医療、福祉に関する人的サービスの展開を主張します。
その優れた実践例として紹介しているのがスウェーデンであり、かの国の経済の危機的状態から情報技術産業などの知識集約型産業へと転換を図った様子と、それを支える教育システムや社会の構造について解説しています。スウェーデンという国名は福祉関連でよく耳にする割りに、具体的な状況はほとんど目にすることがありませんでしたが、本書でその一旦を垣間見ることができました。
本書によると、確かに素晴らしい制度によりかなり充実したサービスが展開されているようですが、まるで問題など何もない完璧な国家のように見えるので、実際の状況はどうなのか、問題点は無いのか、もう少し詳しく知りたいと思いました。しかし、歴史や文化、国民性、経済規模の違いなどもあるので、日本にそのまま適用可能とは思いませんが、参考になる点は多々あるのだと思われます。

本書は全体的に大きな枠の議論のようで、あるべき社会の具体的イメージが私にはよく掴めませんでした。
著者の提唱する知識社会の実現には、知的能力を高める必要があるというのは分かりますが、これはこれで新たな能力格差を生み出す危険性はないのかと心配します。能力ヒエラルキー社会みたいなものを想像してしまいました。
また、新自由主義やそれに沿った社会政策の推進が現在の格差と社会の崩壊を招いたとするのは、関係性は強いとは思いますが、単純には決め付けられない部分もあるような気がします。そもそもそれらの政策が何を期待し、なぜそれがうまく行かなかったのかの、もっと具体的な検証が必要なように思われます。
それと、著者がもっと人間性を重視した社会の実現を強く望んでいることは十分理解できましたが、文章が多分に情緒的で主張の内容が不明瞭になっているようにも感じました。
しかし、スウェーデンの状況など参考になりましたし、自分がいかに他国の社会システムについて何も知らないかということも改めて痛感しました。

本書は現在の資本主義経済にまつわる社会状況を、多角的にトータルに見るための一つの視点を与えてくれる本だと思います。

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<一言>
理念的な本なのだと思います。
逆に言えば具体性に欠けるという感じなのかも知れません。
「官から公へ」という言い方は新鮮でした。
スウェーデンの礼賛ぶりは少し目に余るものがあります。