「新書的大著。」

<転記 2009.11 レビュー短縮>

戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)

戦後世界経済史―自由と平等の視点から (中公新書)

本書はまさにタイトル通りの内容であり、戦後の世界経済を歴史的に振り返る、新書にしてはちょっと読むのが大変な本です。
しかし、著者も述べているように、単に歴史的事実を羅列した歴史教科書的なものではなく、世界経済全体を俯瞰しながら個々の出来事と日本との関係を明らかにし、さらには経済学の枠を超えて自由と平等の相克といった根源的な問題にまで踏み込み、人間の経済的営みの本質を辿るものです。

本書では主要な国々を抽出して取り上げているとはいえ、それでもかなり広い地域の歴史的経緯を踏まえながら、その経済動向を抑える作業はどうしても事実の羅列的な部分は避けられず、読むのがしんどくなることもありました。しかし、マーシャル・プランにより『ローマの休日』が作られたなど、時折出てくる意外なエピソードが興味を引きとめ、また新たな関心を引き起こすといった具合に、世界経済が歴史を作ってきた過程に思いを巡らす、ある種の旅のようでもありました。

本書の大きな流れとしては、戦後復興の開始から欧州各国の経済成長の過程を辿り、アジア諸国をはじめとする途上国の発展並びに社会主義経済の行き詰まり、さらに石油危機を契機とした世界経済の新自由主義市場経済への転換、そして昨今の金融破綻へと至る道筋となっています。
その中心にあるのは常に米国であり、復興支援のマーシャル・プランにはじまり、基軸通貨ドルの供給国としての責任、財政拡大とインフレの拡散、新自由主義経済の主導、世界的金融危機震源地としてなど、まさに戦後一貫して世界の金融の中心であり続けてきたことを再認識させられます。

戦後ドイツの通貨改革をはじめ、欧州各国の通貨切上げ切下げに腐心した様子から、通貨政策が一国の経済状況に多大な影響を及ぼすことはわかりますが、日常生活からはかなり遠い出来事であり、なかなか実感を持って理解することができません。しかし実際には80年代中のプラザ合意による日本の通貨切上げが後のバブルへと繋がるなど、その影響力は非常に大きく、日常的には意識しない金融政策が後に社会に与える影響の大きさを考えると、難しさと同時に、なんだか恐ろしい気もします。

また、東欧諸国の社会主義体制を概観することにより、分配の平等を実現するための計画経済が持つ致命的欠陥を指摘していますが、それは、市場システムでは「市場」が自動的に価格を決定するのに対し、計画経済では「人」が恣意的に価格を決定するという非合理性が経済全体を非効率にすると共に、それが容易に政治的問題へと転化されてしまうということであり、ここから、社会主義体制が最終的に行き詰ってしまうことが理解できます。

一方、先進諸国の経済発展の結果現れたスタグフレーションという現象に対して、それまでのケインズ政策による財政拡大政策は有効性をなくし、各国は金融引き締めでインフレを抑えるも、失業率は高止まりという状況に関して、スタグフレーション発生の原因がインフレ期待による利子率の増加という説明が紹介されていますが、これはよく理解できませんでした。まあ本書は現象の分析ではなく、全体の流れを追っていくのが主眼であるため、別途詳細な解説を当たってみる必要があるのだと思われます。

ラテン諸国の累積債務問題とアジアの通貨危機についての有効な研究はまだないとのことで、今後も同様なことが起きる可能性が高いということだと思われます。サブプライムローン問題など投機とモラルハザードの問題は今後も大きな課題として残るようです。
市場主義の利潤動機にしても、社会主義の政治的闘争にしても、「行き過ぎ」が問題を引き起こしているのであり、いかにそれを防ぐような社会的システムを作るのかが課題であるというのは、全くその通りだと思います。
しかし、社会主義の致命的欠陥である価格の恣意性も、市場主義を暴走させる人間の欲望も、どちらも人間の本性に基づいたものであり、これらに対して理性によるコントロールが望まれるのは当然ですが、その実現については、本性であるが故に相当な困難が予想されます。今回の金融危機において、サブプライムローンに見る詐術的金融商品から、正義や正直が市場成立の大前提であることを学んだということであり、結局は市場経済の成立が道徳性に帰着するという、近代経済学の祖アダム・スミスの言説の確かさを改めて認識する思いです。

本書によってわかるのは、戦後の各国の経済政策が、社会主義政策と市場主義政策とのバランスをいかにとるかということに腐心してきた様子と、また、アフリカに象徴されるように、政治的安定がいかに経済に影響を及ぼすかという、政治と経済との密接な関係性です。そこで興味深いのは、戦前から社会主義と市場主義の中間を標榜してきたスウェーデンの政策とその成り行きであり、その歴史的経緯や実践の内実、問題点などさらに詳しい実像について知りたいと思いました。

自由と平等の相克については難しい問題ですが、著者の言うように経済発展にも民主主義の実現にも人的資本が重要な役割を果たすということは間違いないように思います。
よって、教育を重視した政策が何よりも必要とされるということも理解できます。

本書によって、戦後の世界経済の大まかな動向が把握できたと同時に、世界の経済事象についての興味と関心が大分増したような気がします。

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<一言>
読み応えはあります。
20世紀が良くも悪くもアメリカの世紀であったことは間違いないでしょう。
それに終止符を打ったのが、2001年の同時多発テロだったと言えるのかも知れません。
その後のリーマンショックは崩壊の流れを決定的にしたのだと思われます。
繁栄の成れの果てと言えるかも知れませんが、巨悪と巨善の同居するダイナミックでパワーあふれる国であることには変わりがなく、今後も世界の重要な一角を占めるのは間違いないでしょう。
新しい価値観への転換が可能か否かが分かれ目になるのだと思われます。
日本もアメリカ追従路線のままでは、独り沈んでいくかも知れません。
鳩山政権の方向性はアジア重視なのかいまいちはっきりしません。