「生きた金融の教科書。」

<非掲載 2009.11 レビュー短縮>

日本の金融政策 (岩波新書)

日本の金融政策 (岩波新書)

何かと金融政策が取りざたされる昨今、その実体はいかなるものなのか多少でも理解できればと思い、93年と少々昔の本ですが、その名もずばりの本書を読んでみました。
日銀の理事として現場を体験した著者の、当時の状況を踏まえた日銀の活動の説明は思いのほか面白く、分かりにくく難しいと思われがちな日銀の活動の原理がわかり、幾度かの失敗から学んだ成果が今日にも生かされているのだという歴史も感じられます。

本書の冒頭では、持続的なインフレは経済に悪影響をもたらすということを、資産の多寡により不公平な所得分配を引き起こすことや、企業の将来の採算予測が困難になり非効率な資源配分をもたらすことなどを挙げて説明し、物価の安定こそが経済の安定的な成長をもたらすのであり、中央銀行の役割は長期的視点に立って、急激に変化する社会情勢や政治の野心に左右されることなく、物価を安定させることこそが最大の目標であるという金融政策の基本原理を説いています。

その背景には70年代の石油ショックの時期に起きた狂乱物価と、80年代後半のバブルの発生とその崩壊において、物価の安定という本来の目的に沿った政策を遂行しきれなかった日銀としての反省も多分に含まれているようです。

本書では、戦後からバブル崩壊までを、戦後経済復興期(45〜54)、高度成長期(55〜73)、海図なき航海期(74〜85)、資産インフレ・デフレ期(86〜)の4つの時期に分けて歴史的に振り返っていますが、この間に起きた国内外の様々な出来事による社会の激変の中で、いかに日本銀行がその二つの使命である「通貨価値の安定」と「信用秩序の維持」とを金融政策の目標とするに至ったかの経緯とその実践の過程が、その時々のキーワードと共に描かれており、戦後日銀の果たしてきた役割の重要さと大変さがよくわかるのではないかと思います。

著者の当事者としての話ではありますが、米国を中心とする世界的な経済環境変化や圧力、政治的思惑や要望、さらに世論の動向など様々な外的要因の中で、政策的誤りもありながら、常に最善の選択を行ってきたという自負が感じられ、本書を読む限りでは日本のバブルの発生崩壊も含めて全て起こるべくして起きたことのように思われます。

さらに、専門家であり当事者でもある著者のバブル発生に関する考察は興味深く、ドイツに倣って早期に公定歩合を引き上げておくべきだったと、当時のプラザ合意後の対応について、国際協調政策に縛られすぎたことを反省し、もっと国益を優先しても良かったはずだったとの見解を述べています。また、物価の安定に気を取られ、マネーサプライの過剰供給を見逃したことや、資産価値を軽視したことによるその後の資産デフレの影響の大きさなど、バブルから学ぶところは多かったのだということがわかります。

そのバブル発生の根源ともいえる、ニクソン・ショックにより始まる固定相場制から変動相場制への転換も、二度の石油ショックによる世界的不況も、その後の金融自由化の進展も、いずれも来るべきグローバル化現象の大きな流れの一部であり、戦後一貫して「追い付き路線」を突き進んできた日本が、いつの間にか身に着けた自分の実力に無自覚なまま、国際舞台の中で経済大国としての責任を問われ、右往左往しながら路線を国際貢献へと転換する中で、徐々にその責任を自覚していった様子が垣間見えます。

しかし、本書でも指摘されているように、「世界最高の資産超過国」であり「世界最大の黒字国」となった日本の国民生活は全く向上しなかった事実は重く受け止めるべきだと思われます。有り余る資産を、生活関連社会資本に投資せずに、ムダな公共事業や企業のさらなる発展拡張などに使われていった付けは、巨額な国債の増加と共に後に重く圧し掛かってくることになります。けれども、金融システムの安定化が目的の金融政策では如何ともし難く、やはりこのような話は、政治が対処すべき問題となるのでしょう。

そこで問題となるのが、日本銀行の独立性ですが、本書の最後の部分でも触れているように、政治は選挙も絡んで物価以外の目先の景気、経常収支黒字、円相場などに囚われた金融政策を要求しがちであり、日銀は長期的視点に立った金融システムの安定のための政策運営をいかに担保するかが問われることになります。
本書では、93年当時の日本銀行法が物価安定の基本方針も規定されず、日銀の独立性も担保されないことを指摘していますが、その後97年に改正されたようです。新法では、日銀の目的の明確化と独立性の確保は一応盛り込まれたようですが、まだいろいろ問題も残っているようであり、昨今の日銀総裁人事を巡る与野党の対立などを見るにつけても、日銀の独立性とはどういうことなのか、なかなかわかりにくく難しい問題のようです。

また、近年のデフレ問題についても、日銀の物価安定目標からはどのような対応をすべきなのか、そもそも金融政策で対応可能な問題なのか、銀行の「貸し渋り貸し剥がし」問題への対応も含めて、金融時代の今日、日銀を巡る疑問は尽きません。

本書は、戦後日本の金融政策のあり方を知るにはうってつけの本だと思われ、慣れない用語や幾分難しい専門知識もありますが、普段は縁遠い日銀を多少は身近に感じることができる、手ごろな良い本だと思います。

*****************************

<一言>
イメージ画像はないのですね。
それほど人気のない本なのでしょうか。
結構いい本だと思うのですが。
日銀の保守性がよく理解できると思います。
本書の立場で言うなら、日銀はあくまでも保守的であらねばならないということかも知れません。
確かに、短期的な景気の変動を望む世論やその付託を受けた政治家が、かなり長期の視点で運営される日銀の政策にあれこれ口を出すのは、とても危険なことに思えます。
そもそも金融政策で景気を操作することが可能なのか、もしできたとしてもそれが本当の意味での政策と言えるものなのか、単なるその場しのぎに過ぎず、本当にやるべきことから目を逸らしているだけではないのか、そんなことを考えさせるような内容の本でした。